なまえ

山号は松岡山、 寺号はくわしくは東慶総持禅寺。総持とは陀羅尼だらにの訳語でもあるが、禅の初祖達磨大師の弟子尼総持にちなんで禅の尼寺の意をふくめたのであろう。後宇多天皇勅筆と伝える額にも、この寺名が書かれている。「玉舟和尚鎌倉記」と伝える本には、「山門あり、東慶総持禅寺の額あり」とある。寛永年間には山門があって、この額はそこに掲げられていたのであろう。 建長興国禅寺、円覚興聖禅寺というように長い名は寺格の高さを示している。昔はそれらの大寺とならんで禅宗五山派の独立の尼寺であったが、明治以来、臨済宗円覚寺派に属す。 『相模風土記稿』に、「里俗呼んで松岡と称す」とあるように、この土地の古老は東慶寺とよばずに「松ヶ岡」というし、『鎌倉志』のような昔の本や、名所図絵でも「松ヶ岡」とか「松岡御所」または「鎌倉比丘尼所」とか記され、ときには「松ヶ岡御所寺」、「鎌倉御所寺」などと書かれた文書もある。 徳川首都府からの公の文書でも「松ヶ岡」と書かれたものが多い。この寺が独特な寺法を執行した一種の裁判所のような機能があったために、普通の寺と区別して、このような特別な呼び方をしたものと思われる。